今日は人生初めての日だったなんて

好奇心がある限り心を文字で表すことは大切です。日記を書きます。

レンタル傘を見て思うこと

 

前に都会へ出かけた時、
駅の構内に雨傘のレンタルがあるのに驚いた。
通路にさりげない置いてあるのだった。
田舎者の私にとってはちよっとした驚きだった。


これまで見かけなかったので、
最近始まったばかりのものなのかと調べてみたら、
6年も前の2018年からだった。
年々広まって全国のかなりの駅に配置されているという。


上京したその日は曇りと雨の天気予報で、
実際にコロコロと空模様が変わった。
折りたたみ傘を持ってきていたので、
濡れることはなかったけれど、
雨がひどかったら服が濡れてしまっただろう。


駅のレンタル傘は大きな傘で、大雨にも大丈夫そうだった。
利用方法は新規登録者に限っては2か月は無料で、
そのまま利用するとなると費用は380円だということだった。

 

つまり、2か月試してみて便利だと思った人が、
アプリを入れたままにしてカードからお金が支払われる。

いわゆる動画見放題のサブスクと同じ仕組みだ。


何せ電車の忘れ物では傘が一番多い。
きっとこのレンタル傘も置き忘れがあるに違いない。
その点は見つけられた時に戻されるとは思うけれど、
誰かが持ち去ることもある。

 

あちこちの駅に設置されているので、
不要になった時に返せばよいらしいが、
便利なのかお金の無駄なのかはよく分からない。
私としてはストレスに思える。


最近はこんな感じで自転車等のレンタルも増えた。
物を増やさないという意味では良いアイディアだけれど、
自分の所有物に対する愛着はなくなる。


しかもその手続きも何もかにもすべてがスマフォを通す。
何かしらスマフォに不都合があったり、
失くしたりした場合シャッタアウトだ。

 

本人しか知らない場合も多く、

サブスクだから利用しなくなっても解約しない限り引き落としは続く。

便利になるということはもろ刃の剣だとつくづく思う。

 

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応募したら当選した公開録画

 

いつだったかお酒に酔った勢いで、

NHKホールで行われる公開録画の入場券に応募した。

スマフォの画面に募集があって、

クイズとかアンケートとか嫌いな私がつい書いてしまったのだった。

こんなことは初めてである。

 

それが忘れた頃に葉書が来て、

何と当選したことが分かりびっくりした。

いったいどれほどの人が応募したのか分からないけれど、

一組2名で私たちの指定席は一番遠い2階の末席だった。

まあ、天井桟敷ってところだろうか。

 

おかげて出演者の表情などは全く分からないけれど、

音響はとても良く、オーケストラが奏でる静かなピアニッシモが、

一本の糸のように私の耳元まで流れてきた。

ピアニッシモの響く演奏こそ本物だと私は勝手に思っている。

 

毎週放映されている人気音楽番組の進行役もテレビと変わらず、

台本もなくポンポンとユーモアたっぷりに話を進める。

そのたびに観客は笑い、会場は和やかだった。

 

どうやら放映はずっと先らしいが、

この日の番組はNHK交響楽団創立100年の関係だった。

話によると楽団の最初の曲はシュトラウスの、

交響詩『ツァラスストラはかく語りき』だっとという。

 

他の交響曲は楽章を限って演奏された。

その迫力は世界でも有数のオーケストラに違いなかった。

いいなあ、管弦楽団って、つくづくそう思う。

 

第2部からはお馴染みの女優さんが出て来たけれど、

何しろ都会の平日コンサートは開演が午後7時で、

終わりは9時を越えてしまう。

どうやら長引きそうだし、

都心から離れたわが家への帰りの電車が心配でならない。

 

残念ながら後半は1曲しか聴かず、早々に会場を後にした。

夜の渋谷は務め帰りの人なのか遊びの人なのか、

とにかくごった返すのでスクランブル交差点を縫うように歩いた。

 

この日の夜は誘ったら二つ返事で一緒に行ってくれた音楽仲間が

「うちに泊まって行って」と親切に言ってくれたので、

12時近くから深夜の2時過ぎまで色んなおしゃべりをした。

 

その仲間の私生活など知らなかったので、

当選のおかげて楽しいおまけがついた感じである。

 

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足長バチは私を襲わない

 

外にある裏の物置には庭仕事のための刈込ハサミや鋸など、
その他、段ボールなどたくさんのガラクタを置いている。
ゴミ収集の日にはそこから細かい缶や瓶、
ビニル袋の燃えるゴミなど雑多なものを取り出している。


庭仕事は雨でない限り日に2回はするし、
雑多なゴミを室内に置くわけにはいかないので、
この物置がなかったら日常生活に支障をきたしていただろう。


そもそもこの木造りの物置はこの家ができたと同時に、
丁寧にコンクリートと鉄の柱で基礎を作り、
自分たちの力で建てたものだ。


屋根は強度のある繊維の入った塩ビにしていた。
去年の塗装の際に傷んだ横板と劣化した屋根を、

業者に新しく張り替えてもらい、雰囲気が明るくなった。


先日の庭仕事のおり、
物置の壁にかけていた小さな籠から洗濯ばさみを取ろうとした時のことだった。
籠の中に無造作に手を突っ込んだ途端、指先に違和感を感じた。
何やらもやもやとしたのだ。


反射的に手を戻し、恐る恐る中を覗くと、

何と足長バチが数匹、蠢いているではないか。
内側に白い巣が張り付いて家作りの真っ最中だった。
籠は私の目より高いところにぶら下げていたので、
ハチがいるなんて分からなかった。


でも、ハチ達はいきなり手を突っ込んできた私を襲わなかった。
運が良かったのか。
いや、そうではない。
その後、籠のそばに置いてある道具を使うために、
何度も何度も籠の間近を通っている。


私とハチの家となった籠との間はほんの10センチほどで、
時には私の横をすり抜けてハチさんが部屋に飛び込んだりしている。
私の存在を全く気にしておらず、まるで仲間だと思っているようだ。


さすがに手を突っ込むことはできないけれど、
私も彼らの巣があることなどほとんど気にせず、

物置を何度も利用している。

 

 

彼らが私を敵と思っていないことが不思議でしようがない。

もともと危害を加えない限り、人を襲わないのかもしれない。

(写真上 籠の中にある洗濯ばさみの上に巣作り 下 何度も行き来する物置の籠の中にハチ)

 

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また行きたいお花の山

 

花を見たくて少し標高の高い山に行って来た。
その山は三国峠を下った先の苗場スキー場の近くにある、
谷川連峰に続く高山植物で人気のある山だ。


花畑のある尾根のの標高は2000mに満たないけれど、
その先にある二つ目のピークは谷川連峰ではいちばん高い。
私の目的は花畑なので先まではいかなかったけれど、
今年の西暦高度と一致するらしいので、
今までで最も人の多い山だった。


登山口までのアプローチの長さと私の体力を考えると、
若い頃からここはなるべく無理のない前夜泊りにしている。
今回は都会の仲間をひとり誘って、
明るいうちに駐車場に着いた。


その時は平日だし昼下がりの時間だったせいか、
広い駐車場にはたいして車はなかったけれど、
既に止まっている車は北海道から大阪までと遠い他県の車が目立った。
ここは首都圏に近く最も早く高山植物が咲くため、
多くの人が訪れるのである。


駐車場のアスファルトに食事を並べ、お酒を飲んで早めに横になる。
寝ていると続々と車がやって来た。
翌日が休みなのできっと朝には満車になると思った。


案の定、4時頃に起きると四方車に囲まれていた。
裏の大駐車場もそのうちいっぱいになるだろう。
朝のカップうどんが喉を通らなかったけれど、
無理やり押し込んで5時から歩き出す。


しょっぱなから急登の続く山道は往路に利用して、
帰りは長い林道のコースにした。
以前は反対に回っていたけれど、
下りの急登で去年さんざん苦労したので今回はそうする。


上りは山頂に着くまで休んでばかりで、
恐らく何百人も越して行ったと思う。
何度も休めば鈍足でもピークに辿ることができる。


4時間かかって着いた花畑には、

白いハクサンイチゲやチングルマ、紫のヨツバシオガマ、
愛らしいピンク色をしたハクサンコザクラ、
名前の分からない黄色い花などなど、
期待通り一面に満開だった。

 

 

でも、雪解け後に咲くショウジョウバカマは終わっていて、
ハクサンフウロやハクサンチドリなどには早すぎた。
この山には6月の初めから8月の中頃迄、色んな花が咲く。
何回も通わなければ全ての花を楽しめないのである。

 

今日の車は500台だったとか。

電車とバスをつないでくる人もいる。

どれほどの人数が登ったのだろうか。

 

ここは家から遠いのでせいぜい年に1度しか行けない。
もうそれでも大変になって来たが、
一期一会では満足できない自分がいる。
また来月思い切って行ってみようか。

 

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売り物にならないズッキーニを見て思う

 
川沿いにはズッキーニ畑が続いていて、
朝の散歩の時に決まって収穫作業をしているのに出くわす。
たいてい朝の5時半頃に皆が集まって働き始める。
 

数えると13人もいて2人は女性だ。
それぞれが収穫用の黄色いコンテナをそばに置き、
腰をかがめてキュウリのような程よい大きさのズッキーニを集めている。

 
道に面したところに止めてある軽トラの脇には、
畑の主らしい高齢女性がいつもいる。
ひとりの農婦が外国人労働者を手配できるとは思えない。
きっと農協辺りが元締めになって、
今日はここ、明日はここと順番に人を派遣しているのかもしれない。
 
 
ところが、十日ほど朝の散歩が出来なかったある日、
ズッキーニが巨大なトウガンほどになっていて大変驚いた。
両手で抱えきれないほど異常な大きさだ。

 
見回してみると周辺の畑全体が同じ状態だった。
これでは、絶対に市場に出すことが出来ない。
あれほど秩序だっていた作業のサイクルがなぜ滞ってしまったのか

 
気になって考えてみたけれど、
もしかしたら手配の間違いで他の地域に行ってしまい、
ここらの畑には来れなくなったのか。
畑の持ち主は毎朝様子を見に来て辛く思っているに違いない。、

 
畑は広くてとても家族で終わらせることはできないだろう。
人に頼むと言ってもこの国の若者がこうした作業に進んで就くだろうか。
よく分からないけれど、外国人労働者は農業研修という名目で、
日本に入国しているのかもしれない。
 
 
我が家付近の古いアパートには、
ほとんどアジアの若者しか住んでいなくて、
彼らは一人住まいのようだ。


朝の散歩時に見るのだけれど、
庇のない窓の外の物干しに雨の日も風の日も、
しわしわになった服がぶら下がっている部屋も目立つ。
何日も何日も干されたものもあり、
彼らが遠い国からやってきた若者だと思うと胸が痛む。
 
 
外国人の入国を制限して国内の労働者を優先しようという、
スローガンを声高く上げている政党も増えているが、
この国の底辺を支えているのはああした人たちなのだと思う。
 
それにしても無数に実ったあの巨大なズッキーニはどうなるのだろうか。








 
 

家庭菜園の出来不出来は普段からの努力にかかっている

 
今年は庭の菜園に今まで以上に力を入れている。
何しろ大国の愚かな統治者のせいで、
世界情勢がひどく怪しくなって、
長く続く円安のせいもあり
店頭の野菜も驚くほど値が上がっている。


できれば日常の野菜ぐらいは多く育てたい。
そのためには普段の緻密な菜園作業が欠かせない。
雑草はなるべく花がつかないうちに抜き取って、
野菜の種まきもいつもより早めにやってみた。


庭の菜園は限られた広さなので、
大体植えるものは毎年決まっている。
種から育てられるものはなるべく種をまくけれど、
苗屋で買ってきた方が早くから育てやすい。


冬が終わって最初に買うのはネギ苗で、
それは毎年同じ場所に植えている。
ネギは毎日のように少しずつ使うものだし、庭にないと不便だ。

サヤインゲンは春に毎朝食べたいから、
越年して収穫を待つが、
年を越して種を撒いてもちゃんとたくさん花を咲かせてくれる。
今年はそれに加え初めてスナップエンドウとソラマメの苗も買ってみた。
今はもう夏野菜のインゲンに代わっている。

夏野菜の苗は連休前あたりに、毎年植え付ける。
ナス、トマト、キュウリ、ピーマン、オクラ、モロヘイヤ、などだ。
これらは、苗の時は小さいけれど成長すると大きくなるので、
植える間隔が難しい。


キュウリはネットに這わせるので面倒だけれど、
採りたての味はお店のそれと比べると、
シャリシャリとした独特な歯ごたえで何倍も美味しい。
今のところまだ一つだけだが、
葉が黄色くなる病気にやられるので何本も実るかは期待はできない。


小さな菜園なので仕方がないが、
今では生垣に勝手に這ったカボチャも四方に広がって、
段々とシャングル化している。


ベランダからはき出し窓に張ったネットに沿って、
ヘチマやゴーヤが緑のカーテンを作ると、
それこそ我が家は本物のジャングルに見えてくる。
今年はまだほとんど弦が伸びていない。


真っ赤なトマトやつやつやとした紫色のナスを夢見て、
今は朝夕草むしりに追われている。
それをさぼると野菜が草に負けてしまうし、
野菜は人が作ったもだから人の手が必要なのだ。


今年の肥料はお店て買った牛糞と冬の間に土に入れた自家製鶏糞のみ。
もちろん農薬は一切使わない。
それでもやればやるだけ多くの実りが約束される。
 
 
野菜の完全自給とまではいかないけれど、
出来る限りの地産地消に取り組みたいものだ。
 
(写真 ソラマメを2本、初めて買って植えたけれど茎が伸びずたったこれだけ)
 

偶然は必然、旅先であった人

 

在来線に乗った時、

隣り合わせになった中年女性から声をかけられた。

私が山のスタイルをしているので、

何処へ登るのかと聞いて来たのだ。

 

どうやら彼女は忙しい職場で働いていて、

私のように遊びで列車に乗っているのではなく、

出張の帰りの人だった。

 

なぜ新幹線を使わなかったのかは聞きそびれたけれど、

話好きらしいその人は、山のことや音楽のことなどを語った。

何でも地元に祖父母を持つ、

ある青年ピアニストの追っかけをやっているという。

 

私はピアノには疎いので聞いたことのないピアニストだった。

かなりの情熱的なサポーターらしく、

夫婦もろともあちこちのライブに出かけているということだった。

私もクラシックしか聴かない人間なので、

モーツアルトやベートーベンなどの話で会話が弾んだ。

 

そんなわけであっという間に最終駅の都市に着いた。

そこで、お互いもう少し聞きたいことがあったので、

自然と連絡先を交わし合い、惜しみながらホームで別れた。

 

その後、私が登った山の報告をしたところ、

彼女が自分はその山に行っていないのて、

宿泊先を教えてほしいとの返事が来た。

 

私が泊まったのはその都市から2時間ほど山間に走った、

温泉のある大きな宿の敷地内の森のしゃれたコテージだった。

宿の名前を書いてあげたら、

何とその宿には彼女の友人が以前働いていて、

その人が宿の名付け親ということだった。

 

偶然は必然とはこのことか。

私と彼女が新幹線でなく在来線を使ったこと。

たまたま隣に座ってきた人だったこと。

山も歩いていてクラシック音楽愛好者だったことなどなど。

 

それらだけでも偶然なのだけれど、

宿泊先の話に至ってはただ驚くしかなかった。

偶然は必然なのかと思う。

その人が応援するピアニストの演奏を聴いていなかったから、

早く聴いてみなければ。

 

 

 

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