今日は人生初めての日だったなんて

好奇心がある限り心を文字で表すことは大切です。日記を書きます。

仲間に誘われてちょっと贅沢なランチ

 

水辺公園を散歩していたら趣味の仲間から電話が鳴った。

何やら相談があるからお昼を食べに行かないかと。

私の場合、外食は平日のランチタイムと決まっていて、

そのサービスのない土曜や休日には行かないことにしている。

 

でも、突然の誘いなど滅多にないし、

仲間は話したがっていて、

これこそ付き合いだから仕方なく、

急いで待ち合わせ場所の和食屋に車を走らせた。

 

その和食屋は手の込んだ料理を出すので人気があり、

もちろん味も良く、決して後悔しない評判の店だった。

私が以前来たのはもう4年ほど前になる。

ランチとしては少し値が張るのでそれっきりだった。

 

店内はお昼をとうに過ぎていたのにテーブル席はいっぱいで、

辛うじて少し空いていたカウンターに案内された。

料理は注文してから作るためか、

席に大きな盆が運ばれるまで30分も待った。

 

私が頼んだのはちょうど花見弁当のような彩り豊かな料理で、

天ぷらや煮物、その他色んな小鉢がついていた。

肉系はないが、ミニグラタンが洋風で、

天ぷらは数種あり、ご飯は季節のたけのこご飯だった。

これで約2000円とは安いのかもしれない。

 

関東は味が濃くて私の口に合わないことが多いのに、

この店の味は日ごろの私の料理と変わらない。

それが、何より魅力だと思う。

 

大きな盆には和風のデザートもついていて、

これが最後の口直しには良かった。

私は食事中、延々と続く仲間の話を「うん、うん」と上の空で聞き流し、

ただただ舌鼓を打つばかりだった。

 

翌朝は牛肉を煮込んだ質素な和食にした。

 

 

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私の力ではどうにもならない

 

 

満開の桜並木を眺めてもとても心は重くて仕方ない。

完全に狂った数人の指導者のせいで、

中東に一方的に仕掛けられた戦争が起き、

日本に届く重油が滞っているからだ。

そのせいで重油から作られる無限ともいえる様々なものが、

供給不足になっているらしい。

 

見回してみれば石油製品に囲まれて私たちの世界は成り立っている。

何より重要な燃料のガス、それらは政府と民間備蓄が出荷されているらしいが、

一体いつまで昨日と同じように普通に使えるのだろうか。

アジアの近国では給油制限もなされているらしい。

 

食品のトレイや医療器具、おそらく建設機材、塗料などなど、

無限に近いものが、この戦争で打撃をこうむっている。

運輸や食糧生産に関しても多大な被害を受けそうだ。

 

考えてみれば自国では生産できない化石燃料をお金の力で好きなだけ輸入し、

それが止まった時の万が一のことを時の施政者は考えていなかった。

本来なら重油がなくても暮らしの成り立つ社会を目指すことも必要だった。

 

私自身の暮らしも石油がなかったらやっていけない。

まずは台所のガス、移動のための車のガソリン、

もしも、原料であるナフサの生産が止まったら、

お店の食料品だって買えなくなる。

 

今はどんなものさえ白いトレイに入れて売られ、

野菜でさえポリ袋に収まっているのだ。

それらを必要としなかった江戸時代が理想だけれど、

当時のライフスタイルを取り戻すことは絶対にできない。

 

この問題は個人の力では何ともし難い。

狂った指導者を崇拝する人間がいる限り事態は打開できないだろう。

桜並木が満開になったというのに、

この先が心配でたまらず心は重くなる一方である。

 

 

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確率はゼロに近い奇跡の出会い

 

私のとある用のためにわざわざ都会から来てくれた友達、
年上の彼女は岩登り達人でもちろん雪山にも強い。
野暮用のお礼に残雪の山を案内しようと、
毎年この時期に行くとある山に連れて行くことになった。


例年ならアプローチの車道の日陰部分には雪が残っていて、
早朝や夕刻にはノーマルタイヤでは恐い。
今年はタイヤを冬用に替えていないので、
念のため出発を8時と遅くしたのである。


駐車場には10時に着いた。
そこには全く雪がなく、
いつもなら車を降りてすぐアイゼンを付けるのだけれど、
この分では山中にも雪がない気配だった。


この山には雪が多い時は雪庇ができるので、
それが楽しみだったけれど致し方ない。
それでも二人のリュックには軽アイゼンが入れてある。


1時間ほどで尾根のコルに着き、
左右に羽を広げたような二つの山を仰いだ。
A山はなだらかでB山は少しそそり立っていてコースも長い。
若い時ならその両方とも行っていた。


当初は健脚の友にB山の方を案内するつもりだったけれど、
この時点で帰宅の2時間かかる運転を考慮し、
急遽簡単なA山の方に変えることにした。


登山というものは何がなんでも予定通りにすることはなく、
現場合わせで変更することこそ無事帰宅が保証される。
彼女もどちらでも構わないと言う。


歩き始めて10分ほどでA山のなだらかな尾根に着いた。
そこでひとりの長靴姿の男性に出合い、挨拶の後、少し話をした。
この山の名物の「エビのしっぽ」や「雪庇」についてだ。


その時、彼のほんのちょっとした訛りが気になって、
「あれ?西の方の生まれでしょ?」と、訊いてみた。
彼はすかさず、「○○市、○○町!」と答えた。
なぜか私の耳には誇らしく響いた。


「えっ! ?その町は私の生まれた町の隣、小学校も中学校も同じだぁ!」
と、私は驚いて声を大にした。
すると、すかさず彼は小学校の校歌を歌い始めた。
私も覚えてはいるけれど、彼は最後まで覚えていた。


当時のクラスの数を聞くと私の記憶と同じで、
もしかしたら同級生かもしれないのに、
あまりにも奇跡的で驚きすぎて、
名前を聞こうという気持ちがすっ飛んでいた。


彼はこの山に時々来ているらしいが、
私は年に一度ぐらいだ。
再会するためには毎日登らなければならないだろう。
名前を聞いていれば良かったと悔やまれてならなかった。


一期一会と諦めながら山頂に向かうと、
熊笹の道には僅かに雪が残っていて、写真を撮った。
以前、この山頂で故郷についての文を書いたことがあった。
何か故郷と因縁があるようだ。
山に行きたいと言ってくれた友に感謝だ。

 

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生ごみで育てる庭の菜園

 

わが家では台所の生ごみは全て土に戻している。
殆どが野菜くずだけれども、
秋から積んだそれが完全に黒い土になるには半年はかかろうか。


以前は行政も積極的にごみの減量化を図り、
庭のある家庭には大きなコンポストを買うように勧めていた。
でも、なぜかこの頃は、
その緑色をした樽型のプラスティック容器を見かけることがなくなった。
どうやら面倒だし庭の景観を損ねるので、
人々に浸透しなかったらしい。


最近の私は、底をくり抜いた発泡スチロールの箱をひっくり返して、
毎日の生ごみを入れ、土を被せてコンポスト容器にしている。
箱がいっぱいになると、すぽっと箱を上に持ち上げて、
ゴミをむき出しにして灰を軽くかけ、
発砲の箱は次の場所へと移動する。


むき出しになった生ごみは既に土になっているので、
板を被せてしばらく放置して菜園にすき込む。
中にはカボチャの種からモヤシのような芽が出ているけれど、
構わず土に混ぜる。
柔らかな土にはミミズがいっぱい育っている。


水分のある生ごみを燃えるゴミと同様に重油で燃やすとしたら、
どれほどの経費が掛かるだろうか。
日本中のそれを想像すると天文学的数字かもしれず、
それをしない私はこの国から表彰されても良いほどだ。


去年から化学肥料は一切使っていないので、
果たしてこの堆肥だけで野菜が立派に育つか分からない。
ただ秋から二か月の間、ヒヨコがいたのでその鶏糞が混ざっている。
多少の栄養にはなるだろう。


更には、お米のとぎ汁も菜園の水まきに利用しているため、
完ぺきとは言えないけれど収穫は期待できるだろう。
土作りをしながら、今年は何を植えようかと考えると春は楽しい。

 


現在は寒い冬を生き抜いた小さなサヤインゲンの苗が植えてある。
自家製種を撒いたので、ちょっと心配で店で買った何本かも加えている。
まだ寒さがぶり返したりしていて、成長はじれったいほど遅い。


さて、それがどのぐらい花を咲かせ実をつけるか楽しみだ。
また自家製種と市販の苗の出来の違いも気になっている。

 

 

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文章を書く喜びも消えていくのか

 

黒く塗れと誰かが言った。
世界の眩しさに目が痛むなら、
いっそ全部、黒く塗りつぶしてとしまえと。


だけど、黒く塗ったところで、
息まで止まるわけじゃない。
それでも生きよう、と胸の奥で小さく声がする。
光がなくても、理由がなくても、
ただ続いてしまうこの鼓動のために。 


救いを探して空を見上げても、
宗教なんてまやかしだと笑う人もいる。
祈りよりも確かなのは、
今ここで息をしている自分だけだと。


だから今日も、世界を黒く塗りながら、
それでも生きようと思う。
まやかしのない場所で、自分の足で立つために。


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上記の文章は私が書いたものではない。
今、世界を支配しようとしている恐るべきAIが作った文だ。
私がいたずらに三つの要素を箇条書きにして、
文章を作ってと試してみたのだった。


ローリングストーンズのヒット曲、
「黒く塗れ」を久しぶりに聴いたばかりだったので、
それを最初に書き、あとは思いつく適当な文を入れた。


①黒く塗れ
②それでも生きよう
③宗教なんてまやかし

これらたったの三つである。
決して検索やノウハウなものではない。
どちらかというと哲学的にも考えられる。
それを入力し、実行キーを叩いた途端、
]一瞬で出て来たのが上記の文だった。


私が書くならこんなふうに書くだろう、
いや、私よりも格段にうまく表現している。
決して機械的ではなく人間的で、
こうして自分の頭を捻りながら文章を書くことが嫌になるほどだ。
私の想像力はAIに負けている。


AIって何だろう。
答えを出すのに考える時間さえ要らない。
一瞬、まるで閃光のような速さで何頁もの答えを出す。


恐ろしい。
あらためてAIの力に大きな衝撃を受けた。
何れ私たちの脳はすっかりやられてしまうに違いない。


もう私は庭の草むしりをするしかないのか。
いや、それさえ時間の問題だろう。

 

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便利さと被害は表裏一体

 

昨今のデジタル化の波には毎日のように驚かされる。
買い物に行っても店員さんのいるレジよりセルフレジの方に多く客が並び、
品物を読み取らせたりスマフォをかざしたり、
カードを読み取らせたりとその様子が一変してしまった。


カードにはICチップが組み込まれていて、
小さな機械に充てるだけで番号を読み取る。
以前のようにサインをしたり、暗証番号を入力したりしない。
拾った他人のカードでも容易に買い物できるのである。
最も今はそれをスマフォを開き、
バーコードやQRコードで読み取らせる人も増えた。


これが果たして便利になったのか?
私にはそうは思えない。
店員がバーコードを読み取るレジですら、
そのコードがないとたちまち不具合が生じる。


そのために小さなニンニクひとかけらでさえトレイに入れてある。
IT化の波はプラごみを増やすばかりだ。
もしも世界的な原油不足が襲ったら食べ物も買えず大混乱が起きる。
持続可能、再生可能な世界とは逆方向を向いている。


読み取り技術の進歩は、闇の部分にも及んでいる。
クレジットカードの番号読み取りが、
犯罪者に使われているのである。


つまり、読み取り機の小型のものを使い、
他人のクレカを盗み読むのだ。
前を歩く人のポケットに近づき、財布の中にあるカードを読み取る。


確かにこれは簡単なことだ。
店にある読み取り機みたいなものではなくスマフォぐらいの物なら、
誰にも気づかれることなく悪用できる。
そのために闇世界用の技術は日ごと進歩しているのだ。

こうした世の中になって、レジを通さないで商品を外に持ち出せば、
出入り口に仕掛けた機械がブザーを鳴らす。
またペットショップの犬や猫にICチップが体内に埋め込まれ、
病気や行方不明に対処しているように、
読み取りの技術合ってならではの現在だ。


ところで、この数年、
クレジットカードの不正利用が毎年550億円と報道された。
この莫大な数字は少数の人からというより、
多くの人から数万円ほどの額をむしり取っているのかもしれない。
少額なら使途不明の請求が見落とされる場合もある。
それが全体となるとこの莫大な550億円という金額になる。


そのため対策としてはクレジットカードは一枚だけにしなければならない。
使わないクレカはすぐにやめ、処分すること、
それに必ず請求のチェックを怠らないことだ。
テレビニュースでもそう警告していた。


私の場合、クレカは一枚切り。
どんなにその時こんなに甘い汁があるとカードを勧められても、
かたくなに断り1枚だけを利用している。


またネットの買い物でもコンビニに出向いて支払っている。
私の用心深い友人などは、
あらゆる支払いを手数料のかかる銀行振り込みにしているらしい。


悲しいけれど、世の中は善人ばかりではなく、
頭の良い悪人も一定数いるのだ。
用心しなければならない。

 

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百円シヨップで気に入った2点

 

家の近くに百円シヨップがあって、私は結構利用している。
最近は資材も上がって百均とはいえ、
それ以上の商品もかなり増えて来たけれど、
それでもまだまだ百円の物も多い。


先日、マッチを買うために店内を歩き回っていたら、
「椅子足ソックス」が目についた。
底には厚手の生地が使われ、袋にはちゃんと四つ入っている。


椅子の足は床を傷つけるので、
私は古い靴下を輪ゴムで止めて履かせていたけれど、
いつの間にか抜けてしまうので困っていた。


これなら抜けることも少ないと思い、家じゅうの椅子に履かせた。
今、パソコンに向かって座っている椅子にもそれをしているので、
椅子を乱暴に動かしても気にならない。


その後、またなかなか良いと思って買ったのが、
四角いセンサーライトだった。
これは300円ものだったが、コンセントに挿すと、
暗くなると勝手に光が灯る。

 

 


だから、空き巣や泥棒の多い昨今、
夜の安全のためにも部屋の数か所に設置した。
朝の早い私は、毎日真っ暗な中リビングに下りていくので、
このセンサーライトの暖かな光がとても心強く、
買って良かったと思う。


これを家電量販店やネット店で買ったらどれほどの値段か分からない。
またいつ壊れるか分からない。
それでも、このところずっと朝の光で助かっている。


店には普通の人が考えられないようなアイディア商品が満載されていて、
多様なニーズに殆ど応えられるようになっているから感心してしまう。

 

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