東海道線に乗っていたら富士山が見えた。
天気も良かったので、てっぺんから滝のような白い筋を見せて雪がある。
まだ全てが雪景色とはなっていない深秋の富士山だ。
富士はいつ見ても秀麗という形容詞がぴったり。
この電車に乗ると田舎者の私は、思わずカメラを向けたくなる。
思えばつい何日か前、
あの雪の斜面をひとりの若い男性が滑落死した。
その人は富士が六度目だったと言うことだけれど、
雪の富士山は初めてだったのだろうか。
ネットの情報によると、
登山者が普通に装備するアイゼン (靴底に装着するスパイク)もなく、
凍った斜面で万一滑った時に打ち込んで滑落を止める
ピッケルも持ってなかったらしい。
そして、その人がまさに今風なのは、
登山開始からスマフォを操作し、カメラで自撮りし、
かつ生配信をしていたということである。
きっと特定のファンがいたのだろう。
その人の生放送がまだ残っていた時、問題の動画を見てみた。
視聴者たちの「感動する」とか「気を付けて」などといった
様々なコメントが次々と流れ、
それが配信者には自動音声で流されていた。
だから、彼は視聴者と会話するようなかたちで苛酷な雪の山を進み、
一人ぼっちとは言え淋しくはなかったのかも知れない。
より特別な場所で配信したかったのだろう。
そんなふうに受け答えしながらも、
夏山の平均時間よりもかなり早く山頂の剣ケ峰に到着し、
お鉢巡りをしている最中に一瞬で奈落へ吸い込まれて行った。
落ちる時もカメラはそのシーンを捉えていた。
それからも2時間近く静止画面が続いたらしい。
何という時代だろう。
生配信を見ていた視聴者の知らせで捜索が行われ、
山頂から700m下あたりで見つかったようだ。
エベレストに行く人などは、
真冬の富士山でピッケルの使い方を何度も訓練するという。
冬の富士山は風が強く雪は凍っていて、
一度こけるとそのまま止まらず岩に砕け散るため、
必須訓練なのだそうだ。
それにしてもこの若者が出発したのが10時過ぎとあったが、
普通の低山でも山に入る時間ではない。
特に今は夕方の4時過ぎには暗くなるから下山も至難だ。
閉山した秋の富士に登るのなら、
ヘッドライトを点けて早朝から挑むのが常識である。
足が健脚なので魔が差したのか、
生配信の魅力に取りつかれてしまったのか、
語り口から人柄の良さそうな青年だったので残念でならない。
できれば時間を戻してあげたいものだ。
車窓から空の彼方に過ぎ去っていく富士山を見つめ、
そんなことを思っていた。