今日は人生初めての日だったなんて

好奇心がある限り心を文字で表すことは大切です。日記を書きます。

食パンのプラスチック製留め金は要らない

 

パンはほとんど自分で作って焼いているので、

スーパーで超有名王手パン屋の食パンを買うことは滅多にない。

ところが、このところ忙しくてパンの仕込みが面倒くさくなり、

何となくさぼってしまってスーパーのパンに手を出してしまった。

 

スーパーのパンの安いことと言ったらびっくり。

専門店のパン屋はとても高くて何倍もするのに、

半斤入りの普通のもので100円からせいぜい200円なのである。

 

粉を計ったり捏ねたり寝かしたりする手間が省け、

それなりパンの味はするため、

この一月ほどは必ずのように買い物かごに入れていた。

 

そこで、気になったのがビニール袋をとめてあるプラスチックの留め金だ。

これは以前から気になっていて、

スーパーのパンに手を出さない一つの要因でもあった。

 

とても小さいとはいえ、

全国規模となるとどれぐらいの量になるだろうか。

もともと袋は熱で密封処理されているから、

このプラの口金の意味がよく分からない。

なくてもいいと私は思う。

 

今や製造業者はプラスチックごみを減らすために努力している。

ちょっと前とは大きくパラダイムが変わったのだ。

だから、この妙な留め金も何れ廃止になると思うけれど、

それがいつになるのか見守っていきたい。

再生栽培に少し希望が湧いた

 

10日ほど前に、いや、もっと2週間ほど前に作った紫オニオンの酢漬け、

タッパーに入れたまますっかり忘れていた。

今朝、冷蔵庫から見つけ、食卓に出してみた。

 

恐る恐る蓋を開けると芯から新しい芽が伸びているではないか。

酢に浸かっている本体から新しく白い芽を伸ばしたのだ。

血の通う生き物だったらこうはいかない。

 

生き物には必ず生命の終焉がある。

私という存在が死して再び蘇ることはない。

せいぜい子や孫が似たようなコピーを引き継ぐだけだ。

 

その点、植物という存在は過酷な状況からでも再生しようとする。

水がなくとも、土がなくとも、光がなくとも、

その個体の植物の生命を持続させようとする。

 

再生野菜栽培は捨てるはずの根や葉などを、

再び土や水を与え新しく生まれ変わらせる方法だ。

白菜やキャベツの芯などもできると言うが、

私の少ない経験だけど、

食べるほどには大きく育てることはなかった。

 

とても広い敷地があれば収穫し終わった野菜などを、

畑の隅に放置していれば新しい芽を取ることができる。

でも、それはあくまでも趣味のようなものである。

持続可能な暮らしを目指すとはいえ、

まだまだ再生野菜の栽培は実用的ではない。

 

でも、酢漬けの玉ねぎの生命力を見ると、

未来に少しだけ希望が湧いてくる。

 

カフェは使い捨ての容器ばかり

 

先日、友達に誘われてしゃれたカフェに行ってきた。

あいにくその日は風が強く、車を降りてから歩くのがやっとだったほどだ。

お店に着くと、敷地内にある広い中庭は西洋風の公園のようで、

暖かな日は外で食べることもできる。

 

大きなガラスドアを開けると奥にショーウィンドウがあり、

サンドウィッチやスイーツが並べてあった。

ランチはその中から選んでプレートに乗せる。

 

私も友達もお米で作られたサンドウィッチを二種頼んだ。

サンドイッチの中身はツナだったり焼き肉だったりと数種類ある。

何となく韓国のおむすびのキンパの味が想像される。

 

高菜とチキンの唐揚げを頼み、サラダと一緒に食べる。

それらの容器はすべて持ち帰りのできる使い捨てになっている。

追って注文したコーヒーもドレッシングも何もかにもである。

素敵な雰囲気なのだけれど、そこがとても気になってしまった。

 

お客が帰った後に残るのはゴミばかりなのである。

確かに人でもかからないだろう。

だけど、使い捨てのゴミが袋いっぱいになった様子が頭に浮かぶ。

 

もし、これらをかつてのようにコーヒーカップやお皿などに戻したら、

どんなにかそのゴミは減るだろうか。

 

コロナ騒ぎ以来、何もかも使い捨てになり、

世界中にかなりゴミが増えたと思う。

一つのお茶碗を洗って使うことは大切だと思えてならない。

 

 

 

この町に住みたいと言われて

 

朝、起きると私は必ず室温を見る。

そして、雨戸を開ける時にその同じ温度計を外に出すようにしている。

温度計は違うものを使うと正しい比較ができないような気がして、

ずっとこれが真冬の習慣になっている。

 

このところ外はマイナス2、3度が続いているけれど、

今日は家事が終わったら水辺公園に行くことにした。

今年は週に一度は行きたいと思っている。

 

歩いているといつの間にか汗をかき体中が温かくなる。

お日様が照っているとなおさらである。

これほど安上がりなリフレッシュはない。

 

今日の水辺公園には陽だまりにタンポポも花開き、

様々な冬鳥がたくさん飛んできている。

水路には美しい青と金色のお腹をしたメスのカワセミが、

何度も何度も餌を捕っていた。

 

ここをぐるっと回ると植物や鳥たちを観察してしまうため、

いつの間にか日が暮れてくる。

でも、茜色に染まる雲と水面に映える日の光の揺れる様は、

何度眺めても飽きることはない。

 

一回りした後、バードウォッチャー達の集まるベンチ付近で、

一休みしていたら隣合った女性が親し気に話しかけてきた。

その人は隣の町からやってきたと言い、

なぜか自分の町の行政について私に話し始めた。

 

つまり、私の暮らす町と比べ、

自分の町にはこうした自然と遊ぶことができる公園がないと言うのだ。

いずれこちらに引っ越したいとまで言うのだった。

 

私は自分の住む町をこんなに褒められたことはなかったし、

自分では何もない田舎だと思っていた。

でも、その人はこの広大な自然公園こそ誇るべきだというのである。

 

何気なく散歩していた水辺公園、

行こうと思ったらいつでも行くことのできる自然いっぱいの公園。

ここがなかったら確かに私の日々は豊かではないだろう。

 

空を飛ぶ白い冬鳥の群れを見ながら、

つくづくこの地に住んで良かったなあと思った。

ダウンを洗う

ずっと晴天が続いているので、

思い切ってダウン製品を手洗いしてみることにした。

ダウンの上下と、ダウンシュラフの三つ。

 

ダウンの上下のラベルには手洗い可能と書かれている。

だから、浴槽の中に40度ほどのぬるま湯を張り、

中性洗剤を入れて服を10分ほど漬け置きする。

 

それを軽く足で踏み続け、汚れが落ちるようにした。

このダウン上下は山岳用なので、秋冬

 


シュラフの中でインナー代わりに使っていた。

上着は普段でもよく着ていて、買ってから10年近く経った。

だから、洗い湯は茶色く汚れていた。

 

悲しいことにお湯で濡れたダウンは見る影もなく、

ペチャンコになってしまった。

それでも、乾くと元に戻るはず。

誰れかのブログでもそんなことが書いてあった。

それを信じて5回ほど汚れたお湯を取り換えてきれいにした。

 

そのまま干すのは嫌なので3分間脱水する。

脱水されたダウンを光に透かして見ると、

中でダウンが一か所に固まってしまった。

 

このまま復帰しないのか心配だったけれど、

タライに横にして何日間か日に当てて干してみる。

すると、いつの間にか買った時と同じほどふっくらと仕上がり、

とても気持ちが良い。

 

それに気を良くして大きなシュラフも同様に洗ってみた。

これはそれほど汚れておらず3回すすいで、

今度は脱水にかけず、水浸しのままベランダにかけてある。

脱水すると細かいダウンが縫い目から飛び出す恐れがあるのだ。

 

このダウン、買ったのはいつだったか?

フアフアになって仕上がってほしいものだ。

個々に体力は違うから

 

年末に隣町のロックヒル公園を散歩した時、
以前何度か会って挨拶を交わしたことのある女性にまた出会い、
その人が私の歩いたことのない場所からやってきたというので、
教えてもらう約束をした。

 

今朝、その彼女に連絡し、どこか途中で合流してもらうことにした。
彼女はそのコースはたいして時間はかからないと言っていた。
それなら今日そっちへ降りてみよう。

 

駐車場から約1時間歩いた辺りの岩場で彼女は待っていてくれた。
そこから先の方に進むと、その人の毎日の散歩コースがあるらしかった。
今日もそこから来たのだと言う。
説明ではかなり楽勝のような雰囲気だ。

 

とはいえ、そのコースは小刻みに小さなピークのようなところを、
上ったり下りたりして、私には結構長く感じられた。
でも、初めての道は楽しいし、案内人がいるから心強い。

 

道中、その人は自分の家族のことなどをずっと話していた。
何も知らない私に聞いて欲しかったのかもしれない。

かなり苦労をしたらしく、こうして山道を散歩するのは、
そういった悩みを忘れるためもあったという。

歩いているうちに癖になってしまい、

毎日来ないと身体がすっきりしないという。

 

ところが、彼女は朝飯前なのだろうけれど、
私の体力と鈍足では目的の場所まで3時間近くかかってしまい、
車道に降り立った時にはもうすっかり日が暮れていた。

 

そこは彼女の家の近くで、
私が戻らなければならない駐車場へは、

更に1時間近く歩かなければならなかった。


足を引きずって彼女の後を追っていると、

その人は私に無茶させて申し訳ないと何度も謝った。
そこで、結局、自宅から車を出してくれ、乗せてもらうことになった。

へとへとだったので有難かった。

 

つくづく個々にとって遠近や時間についての感覚は、

かなりの差があるのだと思い知った。

ある人にとって簡単でもある人にとってはそうでない場合がある。


要するに私は脚力体力ともその人には遠く及ばなかったのだ。

それでも、私を案内してくれた彼女には感謝しかない。

 

初日の出と初夕日と

 

新年が来た。

だんだんと季節の習わしなどに適当になってきた私、

最近は初日の出を拝みに出かけることをしなくなった。

 

以前は誰よりも早起きをして、

真っ暗な中、懐中電灯を照らしつつ見晴らしの良い里山に上り、

居合わせた人たちと新年を祝ったものだった。

 

東の空に赤い太陽が顔を出し始めると、

なぜか誰彼かが「バンザーイ!」と叫ぶ。

すると、多くの人が同じように手を挙げて、初日の出を祝う。

お酒持参の気の利いた人が周りの人に杯を勧め、

頬を茜色に染めて和気あいあいとなる。

そして、ほろ酔い気分でお屠蘇の待つ家路に向かう。

 

いつ頃から初日の出を拝むようになったのだろう。

日本という名の通り、この国には太陽信仰が根付いているのだろうか。

もともと農耕民族にとって太陽は神様みたいなものだ。

 

作物の収穫には太陽と雨がほどよくなければならない。

太陽が百日照り続けたり、雨が長く止まなかったとしたら、

たちどころに人々は飢えてしまう。

 

雨と太陽は思えば陰と陽だ。

光があれば陰がある。

文明の発達した国はその二つが常にバランスを保ってきたのだ。

 

かといって、新年に陰の部分である雨を「バンザーイ」と祈ることはない。

お日様は表舞台の主役なのだ。

初日の出はベランダの向こうの屋根から拝んだとしても、

今日は水辺公園を散歩して、初日の出ならぬ初夕日を拝んできた。

夕日も日の出に負けず美しい。

 

かの日の光は金色に水面を染め西方へと消えていく。

昔の人はその先に浄土があると信じていた。

浄土とは一切の煩悩から解放された世界という。

ただ食べて生きることがそれほど重かったのだろう。

 

科学が発達した現在、どれほどの人がそんなことを思うだろうか。

夕日を振り返りながら思ったのだった。