浅草に行ってきた。
連休とコロナ慣れなどなのか、雷門方面は歩けないほどごった返していた。
このまま進めば圧死するような気分。
いつもなら客待ち顔の人力車も全ての車が稼働していてびっくり。
周囲にいるのはインバウンドと言われる外国人客だらけだ。
日本語はどこからも聞こえてこない。
コロナ前の浅草の賑わいが戻ったようだけれど、
円安のせいかもっともっと外国人が増えたと思う。
かんかん照りの中、浅草寺から人込みを抜け出し、
しばらく通りを歩いて珍しいお寺に行った。
待乳山聖天という寺院で大根を奉納するのが習わしになっている。
境内には大根売り場があり、おみくじやお守りと同様に生の大根を買う。
それを本堂にお供えし、いろいろと願うのである。
おしゃれな若い女性が白い大根を抱えている姿が面白い。
係の人が本堂の天井画の龍は日光東照宮の作者が描いたと教えてくれた。
ほう、それは価値があるではないか。
恐いもの見たさで本堂に入り、一応厳かにお祈りをした。
私の場合、こんな時はまずは「世界の人々が平和に暮らせますように」と祈る。
そして、二つ目にわが家族に幸あれと祈る。
大根と私の祈りの因果関係など不明だ。
大根の滋養と純白さが聖天様のご利益と結び合ったようだ。
長いことそうした伝統が続いているのだから、
何がしかのご利益があるのを期待する。
聖天様とはヒンズーの神様ではないのか?
帰りには係の人が昨日供えられた大根(お下がり)を持って帰るように勧めてくれた。
後ろに重なっている段ボール箱に三浦大根と書いてあった。
その人が言うには日本には三大聖天という寺社があり、
ここは最も有名らしい。
狭い境内だけれど突然平地から小さな小山になっているので、
モノレール?らしきものがエレベーター代わりに駐車場に備えられてあった。
石段も何やら工事していたから、それだけ拝観者が多いのだろう。
リュックに入った大根が肩に食い込んだけれど、
家まで持ち帰って霊験あらたかなる煮物を作ろうと思った。