電車に乗っていたら小学生の男の子が隣に座った。
驚いたことに私の隣の席は数人分空いていたのに、
その子は座る前に「座ってよいですか?」と私に断ったのだった。
何て礼儀正しい子供なのだろう。
大人だってたまには軽く会釈をする人があっても、
座る時にわざわざ声掛けなどしない。
私が「どうぞ」と応えると、
彼はスーツケースを前に置き、その上に大きめのサコッシュを乗せ、
背負っていたリュックを膝に置いた。
荷物が三つもあるので、きっと心細い一人旅だと思い、
私は優しく「ひとり旅なの?」と声をかけた。
すると、少年はキラキラと瞳を輝かせ頷き、
この日のひとり旅について話してくれた。
どうやら彼は鉄道大好き少年で、
これまでにも何度も一人旅を経験しているという。
今回は北関東の祖母の家に行き、
翌日の明日にそこから山形まで日帰りをしてくると言う。
そして、暇を見つけて書き出したという大学ノートを見せてくれた。
そこには丁寧な字で停車駅の発着時間が書かれていて、
分かりやすく色もつけてあり、
まるで時刻表のノート版という緻密さだった。
彼はこうして普通電車に乗るのは安いからというより、
車窓から貨物列車などを眺めたいからと言う。
少年の一つ一つの話がとても興味深く、強く心引かれた。
横浜辺りになると車内は満員になって、
前に立っている人たちの耳に筒抜けなのだが、
私たちの話題は鉄道以外の話にも広がった。
その間、私はマンの『ヴェニスに死す』のタッジウ少年や、
ピアノをやっているという美しい指に魅入っていた。
時間はあっという間に過ぎ、
残念ながら少年と別れなければならない東京駅に近づいた。
彼は立ち上がって荷物を持ちながら、
「ひとりだからお話できてとても楽しかったです。ありがとうございました。」と、
私に別れの挨拶をしてくれた。
満員電車の大人の間を4年生ほどの背の小さ目な彼が、
スーツケースを持ってドアに向かう姿を目で追いながら、
私はt彼に幸あれ、そして、楽しい旅ができますようにと祈った。