夜明け前に起きたので散歩に出ることにした。
この夏はずっと家を離れて遠くに行っていたから、
ここを歩くのは二か月ぶりだった。
家から住宅地を抜け20分ほど歩くと、
良く刈り込まれた芝生の続く広い水辺公園の入り口に着く。
ここは水辺には木々も多く、そのため水鳥も飛来し、
自然観察にはもってこいの場所だ。
休日のせいか、それとも涼しい朝のせいか、
駐車場には既に何台かの車があった。
ウォーキングの準備をしている人は年配者が目立つ。
公園の道に入った時、
反対方向から腰の曲がったおじいさんが歩いてきた。
その人の腰はくの字どころかŁ字に曲がっていて、
何だか気の毒になるような恰好をしていた。
曲がった腰のため顔は地面を向いているので、
その人は私に気づかずさっさと通り過ぎて行った。
気になって振り向くと、あっという間に小さくなっていった。
まさかあんなに腰の曲がった高齢の人がここを一周するはずがない。
きっと毎朝のちょっとした散歩に違いない。
勝手にそう思っていた。
少しずつ東の空が明るくなっていき、
いつも夕日の時刻に歩く私にはとても新鮮だった。
これを黎明と言うのか。
公園は大きな湖を囲むようになっていて、
遊歩道を一周すると6キロ近くある。
私はここへ来たら必ず一回りするようにしている。
のんびりと自然観察をしながら歩くので1時間以上かかる。
そこにはところどころに東屋があったりベンチがあって、
それぞれ好きな時に休むことができる。
車は入れないから小さい子も安心して歩ける。
遊歩道の3分の2ほど歩いた辺りで、
前方から腰の曲がったあのおじいさんがやってきた。
一周してきたのだ。
それにしては余りにも速いので、
「お早うございます。物凄く足が速いですね」と声をかけてしまった。
私が彼を入り口で見かけた時、その足の速さに驚いたことを言うと
彼は曲がった腰を少し立てながら、にこやかに私に応えてくれた。
話によると、自分は毎朝ここを一周していて、
足は他の人たちと比べたらとても遅く、
それでも歩き続けないと歩けなくなるということだった。
だから、雨の日でも歩くと。
私はその人と別れ、東の雲が茜色に輝き、
水面に映える光景を見つめながら思った。
人が歩けなくなるという恐怖を体感として現実に持った時、
その不安は計り知れないものがあるだろう。
ここを歩いたり走ったりしている人は、
意識しなくても漠然とその不安を持っているのだ。
私もきっとその一人であることは間違いない。
せめて週に一度は歩かなくては。