足の弱さをひどく実感したあの日、
山頂付近は人もいて落ち着かなかったので、
下山の途中で遅めのお昼を取った。
そこは岩陰の間から沢の一滴が始まる源流だった。
山歩きの楽しみの一つにこの源流の水を頂くことがある。
もちろん残っていた家の水道水は捨てて、い
それをボトルに詰めて持ち帰るのだ。
ボトルに詰められた沢水は、
正に今登ってきた山塊が産み出した命の水である。
この水が下へ下への流れ、支流を経て、
大きな本流へ続き、終いには太平洋の海の中に入って行く。
空から落ちた雨の一滴が何れ地球の大海を経めぐるのである。
そう思うと、何と壮大なひと滴(しずく)の物語なのだろう。
源流とはそうしたロマンを彷彿とさせる。
そのボトルから注がれた水をソロ用のやかんに入れ、
コーヒーを沸かす。
できればそんな時は、
ゆっくりと沸騰を待つアルコールストーブが良いけれど、
今朝はガス台に乗せて沸かした。
山の気分を思いだして、庭の台にカップを置き、
ひとり用のコーヒーを濾す。
源流がコーヒーとなって身体に沁みていく。
普通のコーヒーなのになぜか深い味わいがする。
自分が大河になったような気分だ。
源流の水は心に沁み入る特別な水なのだ。