時間の長さは決まっているけれど、
人間はその時の状況で長さの感じ方が変わる。
これが顕著に感じられるのが山を登っている時だ。
この日の山は2キロほどの道のりなのに全く地理感のない場所だったから、
尾根の空に届くまで永遠に感じるほど長く感じられた。
おまけに海風が凄まじいものだから、
心が折れそうになって何度も引き返そうと思ったほどだ。
このあたりの山はハイカーが少ないのか標識もなく、
それが一層不安を募らせた。
時計を見ると歩き始めてから1時間と少しか経っていないのだ。
たかだか500メートルの山なのに、
こんなことで引き返すわけにはいかないとわが身を叱咤激励し、
一歩一歩心を落ち着け峠を目指す。
そんな不安を抑えながら、やっとのことで明るく開けた峠に着いた。
初めて視界が大きく広がったのだが、
そこには林道のようなコンクリート道が走っている。
かなり興ざめだったけれど、
眼下に見下ろせる青い海が光り輝き嬉しかった。
朽ちかけた標識によると、左の森に入っていくと目的の山があるようだ。
とりあえずの目的の峠に着いたのだからこれで良いかとか悩んだけれど、
勇気を出して先に進むことにした。
暗い森の中を歩いていると、海側の森の中に人の動きがあった。
老夫婦が大きな袋に何かを採っているらしい。
初めて人に出会った私は嬉しくて大声で呼びかけ、
彼らのもとに駆け寄った。
山頂はどのぐらいかと聞くと、もうすぐそこという。
私は驚いている二人の近くにリュックを置かしてもらった。
すると、奥さんがボッケから塩飴を私に差しだした。
彼らは榊を採って生業にしているらしい。
私は山頂まで駆け上がることにした。
その道のりはとても長く感じられた。
彼らがすぐというのはどのぐらいなのだろう。
山を生業にしているのだから小一時間もすぐというのだろうか。
時間の長さとはその時々の状況で変わるのだ。
そんなことを考えながら辿り着いた頂きは、
当初、計画していた山の前衛のようなところだった。
目的の山まであと800メートルと標識にあったけれど、
未知の道だ、安全をとってここで引き返すことにした。
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