いよいよ登山の日である。
昨日、一人の男性が下山してきたので山の状況を尋ねていた。
歩き初めに続く沢の横断は6回ほどあり、
どうにか滑らないで渡ることができたらしい。
友人は渡渉のことだけ気にしていたので安心したようだ。
その人は往復6時間ほどで登ってきたらしい。
これは標準タイムなのだと思うが、
体力がないため足の遅い私は2時間余計にかかると思う。
つるべ落としのこの頃だから心してかからなければ。
ちなみに同行の友人の足はとても速く、
いつも私に合わせてくれるので申し訳なく思う。
荒れ果てた鉱山跡の道をジグザグに渡渉しながら山に入っていく。
沢沿いの道を色づいた黄色く広葉樹が囲み、白い水しぶきに癒される。
この癒しの風景こそが私たちを強くいざなう自然の魅力だ。
今年はなぜか高山で遭難が多く発生している。
滑落して心肺停止となり命を落としている。
コロナのせいで登山をするようになった人が多くなったせいなのか。
ネット動画では危険な山を簡単そうに登っている人も多く、
自分でも大丈夫と思ってしまうせいもあるのかもしれない。
だからなのか、珍しく登山届を記入してポストに入れてきた。
私はこうした普通の登山を最近はしてなし、
高所恐怖症だから切れ落ちた場所がないか内心穏やかではなかった。
危険個所には補助ロープはあるらしいが、躓いて落ちたらどうしよう。
心配性な私はそんなことばかり考えていた。
沢から離れると尾根に向かって急登が続いた。
ロープにつかまり滑らないように濡れた斜面を登っていく。
尾根からは穏やかな山道となり、木々の色づきが濃くなった。
はるか遠くに目的の山が見え、「えっ、あそこ?」とため息をつく。
頂上に近くなるとロープばかりの急峻な道になった。
足元が滑りやすく慎重に登っていく。
山はとにかくその一歩が大事で、一歩進めば必ず頂上に至る。
そんなふうに自分に言い聞かせ、やがて着いた山頂。
何と5時間もかかっていた。
健脚の友人ならもう下山している時間だ。
秋晴れの青い空には嘘のように雲一つない。
「大河の一滴ここにあり」という大きな石碑がある。
先行の男性二人組と360度に広がる山々の名前を言い合った。
こんな時、日本は山国だなとつくづく思う。
山女の友人はここから見える山々のほとんどのピークを踏破している。
彼女が好きなのは私が聞いたことのない山の名ばかりだ。
私は指折り数えてみると有名な山には登っているが、
多くの山並みを形作るマイナーな山には行ったことがない。
山頂でご飯を食べると笹に覆われた三角点を探しに行った。
10分ほど藪漕ぎをして戻り、急いで下山にかかった。
下りは上りより危険なので慎重に歩くため、そんなに速くは歩けない。
結局、車に戻ったのは日が落ちてからだった。
合計9時間はかかってしまい、健脚の友に申し訳なかった。
それにしても体力の個人差には驚いてしまう。
私の鈍足、どうにかならないものか。