水辺の公園の遊歩道で友達に会ってからひと月以上が経った。
今日は珍しく同居人の夫が一緒だ。
6キロほどある遊歩道は初夏の木々が涼やかで気持ち良い。
あの日、偶然友達に会って久しぶりのお喋りに花が咲いた。
しばらく経ってから彼女が突然、「止まって!」言った。
「ほら、カメの赤ちゃんよ、踏むわよ」と言うのだった。
足元には小さなカメが動かないでいた。
友人がそっとそれを緑地の方へ移動させたので、
私が「水辺の方が良かったのじゃない?」と言った。
草むらの中に動かされたカメはもう見つからなかったので、
私たちは再び何事もなかったように歩き出した。
ちょうどその辺りを通ったので、
私は夫に「この辺だったのよ、カメがいたのは。あの時、どうして家に持ち帰らなかったのだろう」と呟いた。
「持って帰って水槽で飼えば楽しかったかも」と言うと、
彼は「へぇー」と笑った。
それから数歩もしない時、夫が、「あれっ?カメだ!カメがいる」と地面を指さした。
「えっ!嘘!」と返したが、何とあの日と同じように赤ちゃんカメが足元の遊歩道にじっとしている。
全く同じ光景ではないか。
びっくり仰天した私は、偶然ボッケにあったビニール袋を取り出した。
カメの甲羅は緑色でお腹は派手な黄色模様だ。
袋に入れられたカメは足をバタバタ動かし、
ビニール袋の壁を這い上って逃げ出そうとしていた。
飛び出さないように注意しながら残りの道を急いだ。
そこから車に戻るまでまだ1時間はかかる。
ここは6キロもある遊歩道だ。
あの日と同じようにカメを見つけるなんて、
奇跡だと夫は言った。
ここにカメがよく歩いているならともかく、
その確率は億分の一もないから確かに奇跡に違いない。
その奇跡に驚いて、私はこのカメにひどく縁を感じた。
早く帰って水槽を準備して上げよう。
それから何度も袋の中の可愛い顔を確かめながら歩いた。
さて、車はもうすぐだと思った頃、
夫が背後から「あれっ、カメがいない?」と言う。
まさかと思い袋を覗くと、
いつの間にかもぬけの殻になっている。
袋の底には途中で入れた土と水だけがむなしく残っていた。
私たちは再び走って思い当たるベンチまで戻った。
中学生が二人座っていて、
私が「ここで休んだ時、カメが逃げたの。
カメ見なかった?」と聞いたら、
怪訝な顔をしたが一緒に探してくれた。
広い草地公園で直径3センチほどの緑色の甲羅が見つかるわけはない。
ここで逃げたとしたら30分は動き回っているだろうし、
奇跡は2度起こるわけがない。
夕日が沈むころまで探したけれどカメは見つからなかった。
カメと一緒に歩いてきた私は心の中が空になった感じだった。
カメなんか好きでもないのにどうしてだろう。
何だったのか、あのカメは。
しょぼんとして助手席に座っていると、
急に気持ちが変わった。
そうなんだ、カメは逃げた方が幸せに決まっているじゃないか。
狭い水槽に閉じ込めて安らぎを得ようなんて、
私の驕りがいけなかった。
今頃、あのカメはどんな風に世界を見ているだろうか。
頑張って生き延びてほしい。