見晴らしの良い尾根まであと少しの場所に大きな岩があった。
ちよっと登りづらかったので時間がかかり、後続の仲間を待っていた。
その時、ふと岩を見上げたらすぐ手元に黒いイワタケがついていた。
「あっ、イワタケ!」とひとりごちた。
イワタケは次期がら湿っていて、とても採りやすかった。
この尾根は一般コースではないから、
この日も私たちのパーティ以外は誰一人歩いていない。
そんな場所だから、こんな大きなものがすぐそばに生えているのだ。
仲間を待つ間、大きなイワタケだけを選んで、
リュックのポケットに入れた。
帰宅して測ってみたら何と8㎝もある大物だった。
イワタケは一年に1㎜程度しか成長しないから、
このイワタケは80年もの間、
この岩に貼りついていたということになる。
キノコではなく地衣類だから、乾いても枯れ死することはない。
私が採ったのはほんの少しで、
今頃はまだあの岩には立派なイワタケが残っている。
80年もの時を経てもなぜかイワタケには味がない。
ただ深山幽谷の危険な岩場にあるため、大昔から珍重されていた。
今でも時々イワタケ採りで滑落した人のことが、
新聞の片隅に載っていたりする。
そんなイワタケがボールの中に収まっている。
さて、酢の物にするかお粥にするか。
貴重なものゆえ大事に料理しようと思う。