旅の初めの飛行機でのこと。
コロナの呪縛が解けたせいか、羽田発の国内線は混み合っていた。
私はLCCソラシドの格安チケットで、
機内に入ると予想通り満席だった。
私が3列シートの内側に座った後、隣の客がそれぞれやってきた。
その内のひとりは親切に私の荷物を上に置いてくれた。
彼らは嬉しそうに大きな声で挨拶を交わしていたので、
どうやら知り合いらしく、機内で会う約束をしていたようだった。
その二人、最初だけだと思っていたら、
何とずっと大声で笑ったり思い出話をしたりして盛り上がっていた。
話の内容も分かり、彼らはここ3年は会ってなかったようだ。
満席の機内に二人の男性の声が響き続けた。
他の乗客たちは子供も含めとても静かだったから、
いっそう彼らの声が大きく感じられた。
決して印象が悪い感じでもないのに、
とにかく二人で間断なく喋り、笑い、盛り上がっている。
ちょうど学生のコンパ状態だ。
隣にいる私はゆっくり休めず段々とイライラしてきた。
ベルト着用ランプが消え、やがて飲み物サービスがあり、
飛行距離も大分進んだ辺りで、乗務員が紙コップを回収に来た。
私はその乗務員に右の二人の男性をそっと指差し、
口のところで掌を開き、人差し指を立て、
静かにして欲しいとジェスチャーで訴えた。
これは自分でも意図していたわけではなく咄嗟に出た行為だった。
乗務員は分かったのか分からなかったのか頷いて、
微笑みながら自席へ戻った。
数分後、彼女がやってきて隣の男性達に何やらおやつを渡した。
さして、優しく「少し小さな声でお願いします」と話しかけた。
二人だけの世界で盛り上がっていた彼らはそれから静かになり、
機内に初めて静寂が戻った。
楽しい気分を打ち破られて気の毒だったけれど、
おそらく乗務員もうるさいと思っていたに違いない。
飛行機が着陸し機内を離れる時、
先ほどの乗務員が私に何かを渡し、丁寧にお辞儀をした。
そのお菓子の包みに書かれた文字には、
「今日はゆっくりとお休みができず、申しわけありませんでした。
酷暑の折、お身体をお労りください」とある。
包みはSoraseedと印刷してあった。
ソラシードなんだあと初めて知る。
あんな忙しい中、丁寧な手書き文字でお詫びを書いてくれたのだ。
このメモを捨てるには忍びない気がする。