生まれて初めて「護摩焚き」というものをしてもらった。
それはひょんな出会いから知った密教のお寺で行われ、
どちらかというと観光気分でやってもらったのだった。
お寺は田園地帯にあって創建が12世紀初めとあり、
墓地内の改修も進んでいて檀家も少なくはなさそうだった。
住職さんは心の広い優しい方だ。
その日はお釈迦様の誕生を祝う花まつりということもあって、
きらびやかな衣装をまとって歩く稚児行列から始まった。
境内には所狭しとキッチンカーやパン屋さん、花屋さん、
それに大道芸人さんなどと何でもありの賑わいだった。
受付に並ぶ檀家らしい年配の人たちが護摩札を売っていて、
1枚が300円で、何枚買っても良い。
もう札には既に家内安全とか交通安全などの文字が書かれてある。
それに自分の名前を書き添えて渡しておく。
もちろん自分だけの願いも書くことができる。
お寺の若い住職さんに加え、この日は遠くの寺院から3人も加勢が来られ、
護摩焚きが厳かに執り行われた。
護摩とはどうやら煩悩のようで、なぜかついでに祈願もでき、
菩薩の口の中に護摩札を燃やして吞み込んでもらうのだ。
私たちは住職さんの招きですぐそばで見物させてもらった。
助っ人の3人のお坊さんの大きなお経と太鼓やほら貝の音で、
護摩札に炎が上り始めるとクライマックスになっていく。
この赤い炎とお経の音響が目と耳を通して突き抜けていく。
説明はできないが炎と音は心をつかむ。
その間、40分座ったままだったけれど苦にはならなかった。
お堂の外では晴天の下で子供たちがはしゃぎまわっている。
大道芸人の技に拍手が鳴る。
中にいる私たちは外と内の余りの差にシュールな感覚を抱き、
そのことがかえって非日常性をいっそう感じてしまったのだった。