先日秩父の山を歩いた帰りに、
文化財を示す看板を見つけて咄嗟に車を止めてしまった。
私は時々こんなふうに寄り道をして、
面白いものを見つけることがよくある。
今回もかなりな価値ある寄り道だったと思う。
その寄り道での出会いはこうだ。
車を止め狭い坂を歩いて上って行くと、あたりは穏やかな丘のような場所になり、
かなり古そうな平たい石を積んだ石垣のあるお墓群に行きあたった。
普通の石垣と比べ、その石積みがとても独特な感じがして、
それをひと目見ただけで得をしたような気分になった。
石積みは昔の人の測り知れない知恵と汗が如実に表現されているからだ。
国道の標識にあった文化財はその古い石垣ではなく、
里を見下ろすように立つ「矢那瀬の石幢」というものだった。
常夜燈のような石の塔は「南無阿弥陀仏」と刻まれた
車石というものがあるのが特徴だそうだが、
風化していてよく読めなかった。
説明書きによると応仁の乱後の室町時代のものでとても貴重なものらしい。
もしそれが移動させられてなかったとしたら、
戦国の世をこの地で見つめ続けてきた石幢というわけだ。
500年後の私が立つこの丘は野の道だけれど、当時は往来だったのか。
どれほどの民がこの丸い石をゴロゴロと回しただろうかと、戦国の世に思いを馳せた。
後ろにあるお墓群は江戸のもので、
形からして何やら身分の高い人のものみたいだ。
その墓石も平たい大きな石の板に「何とか居士」と刻まれてある。
石の形状は近くの荒川独特のものだろうか、想像は尽きない。
車に乗るとすぐ先にまた名所らしきものがあった。
北村西望といえば長崎の平和記念像を制作した有名な彫刻家だ。
寺は火災で焼失してしまい、
入り口の石積みの特徴的な立派な階段だけが当時を忍ばせている。
その階段も先ほどのお墓の石積みと共通したものがあり、
これも荒川の石かと興味を誘った。
現地の史跡研究者にとっては分かり切ったことでも、
私のような旅人にしてみたら初めての体験ゆえ色々と想像を巡らしてしまう。
手ぶらで寄り道したため写真が写せなくて残念だったが、
おかげでまた行ってみたいと思っている。