
友達が電車の中でうたた寝をしてしまい、
乗換駅で慌てて目が覚め急いで降りてしまった。
手提げ袋をもっただけで飛び出し、
彼女は電車の扉が閉まると同時に、
リュックサックを座席に置き忘れたことに気づいた。
リュックは彼女の席の背中に立てていて、
主のいないまま電車は走り去っていったのだ。
彼女はすぐに改札の係員にそのことを説明し、
その電車が折り返し戻ってくることを知って安堵した。
その時点で私のもとに連絡があり、
一時間ほど遅れて到着すると言った。
この時は、まさかあの20㎏近くもある重たいリュックを、
苦労して取っていく者などいるわけないと思っていたのである。
目立ちすぎるし、何より重すぎるのだ。
ところが、折り返してきた電車に乗り込んで、
同じ車両の同じ席を調べに行くと何と荷物は消えていた。
この間の40分ほどの間に誰か登山が趣味の親切な人がいて、
忘れ主が困っていると同情し、
係員迄わざわざ苦労して運んでくれたのかもしれない。
と、ふと思ったけれど、そんなことはあり得ない。
どんなに奇特な人でも60リットルのリュックを持つのは大変だ。
私などは1センチも持ち上げられないほど重たいのだから。
リュックの中にはテント、シュラフ、エアマット、雨具、テントマット、
コンロ、コッヘル、その他、野営に必要なすべてが入っていた。
もちろん宴のワインも美味しい肴もだ。
道具は新しく買うことができても、
それらの道具と共に山を歩いて来た彼女の物語を買い戻すことはできない。
一つの使いこなされたナイフにも沢山のドラマがある。
それにテントやシュラフなど山道具は高価だ。
そう思うと、彼女が気の毒でならなかった。
3時間ほど遅れて手提げだけ持って彼女はやって来た。
この間、私は家に戻って予備の山道具を彼女用にリュックに詰めてきた。
そして、一応予定していた高原のテント場に向かった。
リュックを持って行った人間は、
おそらく中に現金などの貴重品が入っていると思い、
家路を急いだに違いない。
駅のホームで物色するには人の目がある。
相当暮らしに困っている置き引き常連者に違いない。
出来心で盗むような重さではないのだから。
山道具は山に縁がない人にとっては何の価値もないし、
きっと少しずつ捨ててしまうことだろう。
でも、もし、どこかに捨ててあったら、
彼女のもとに戻るように警察には届けてある。
見つかるだろうか、どうだろう。