山間の家に行った正月の朝のことだ。
「ねっ、見て、見て!」と窓のカーテンを開けた娘が、
興奮気味に暁の空を指さした。
透き通るような群青の空に、銀色に輝く細い三日月と、
明けの明星がくっつくほど接近している。
まだ黒々とした杉の森は眠ったままで、集落の窓にも明かりがない。
「あっ、カーテンを開けると寒いじゃないの」と無粋に応えてしまった私。
せっかく温めた部屋が、冷たい窓ガラスの冷気によって下がってしまう。
特にこの場所は山際だ、ただでさえ冷え込みが強いのに。
月と星は純粋な調和を持って空に浮いていた。
それが美しいのは分かっている。
でも、この時、私は利を取り、すぐにカーテンを閉めた。
しばらくして、カーテンを開けたら何と星は遠く離れてしまっていた。
月は同じ位置にあるかのように見えたのに。
もうあの一瞬の驚きはない。
ずっと見ていれば良かった。
開け放たれたカーテンからお日様が上がるのはもう少しだ。
いったいどんな宇宙の仕組みがあるのだろう。
一瞬で脳裏に焼き付いたこの日の光景が忘れられなくて、
久人ぶりにスケッチブックを取り出した。
美には人の心を動かす力がある。