
初日の出を拝みにラージヒルに行きたかったけれど、
冬眠しない熊の不安もあるし、あそこは岩だらけで真っ暗な道は危険だから、
結局は毎朝のウォーキングと同じ水路沿いを歩くことにした。
日の出は6時40分頃と遅く、いつもより1時間遅く家を出た。
途中で犬を散歩させていた友人に会って、
新年の挨拶とちょっとした近況報告の立ち話をする。
今日は好天には間違いないが、あいにく東の空に雲が横たわっていた。
あれでは大地から顔を出すお日様は望めないので、
しばらく雲の上に来るので待つことにした。
空は少しずつ明るくなっているけれど、なかなか太陽は現れず、
進んでは戻り、戻っては進みして時を待った。
普段は人に会うこともないのに、
今日は珍しく水路公園に3人の人がいた。
彼らは近所の友達なのか賑やかにお喋りしている。
その他にも3人ほどウォーキングの人に会って、
見知らぬ男性が、「あけましておめでとうございます」と挨拶をしてくれた。
彼らも私のように東の空を気にしている。
7時を過ぎて、雲の上から金色の光が広がった。
当然のように手を合わす。
年の初めに上がるこの太陽、
実は1年という時をかけて私たちの方が動き続けて、
連綿と振出しに戻っているのだけれど、
感覚的にはお日様が動いてくれているとしか思えない。
そういえば、日本が台湾を統治していた暗い時代、
現地人の高砂族を同化させようとしたことがあった。
テレビのドキュメンタリーで見たのだが、
彼らは独自の文化を持っていて、
中でも家の存続のあり方が興味を引いた。
「家を継ぐのは男だけでない。最初に太陽を見た者だ」
この表現にはたいそう驚き、心打たれた。
ヒトが生まれることを「太陽を見る」と言う。
台湾では男女平等教育と性の多様性の法律的な容認など、
とても進んでいるらしい。
日本も太陽崇拝の国なのだが、
男尊女卑の傾向は未だに根強く残っている。
初日の出を拝み、家族の安穏と全世界の人の平和を強く祈り、
正月早々こんなことを思いながら、帰路についた私だった。