
友人と都会の観光地を散歩していたら、
白人女性がひとり、観光案内所らしき建物のポスターを見ていた。
何だか困っているような感じだったので、
片言の英語でどうしたのか尋ねてみた。
その人は日本語が分からないと言って張り紙を指さした。
それには営業時間が書いてあり、
大分待たなければ店は開かないし、
開いても彼女のやりたい観光は残念なことに中止と書かれていた。
西洋の人はなぜかたいてい英語は話せる。
私の片言過ぎる英語でもどうにか話は通じた。
ポスターの文字の内容を説明をして上げ、
ついでにこのあたりの観光スポットを幾つか教えてあげた。
年は50代ほどの金髪で青い目をした小柄な彼女は、
ロシアから来たひとり旅の旅行者だった。
ロシアと聞くと私は驚いてしまった。
なぜなら時々テレビなどで観光客が映し出されて、
けっこうそこからやって来た人がいるのである。
戦争をしている国なのに旅行ができるなんて不思議過ぎる。
日本が戦争状態にあった80年ほど前の昔、
国民は食べるものにも困って、旅行など論外だった。
何しろ標語は「欲しがりません、勝つまでは」だったのだから。
それが、現代の戦争では海外旅行もありなのだから、
時代は変化してしまったものだ。
かねがねそんなふうに思っていたから、
ついあなたは自国の戦争のことをどう思ってのかと尋ねてしまった。
私の下手な英語は通じたらしく、
彼女はとても困った顔をして返事を躊躇った。
ああ、そうなのか。
この人は自分の考えを他国の見知らぬ私にさえ言えないのだ。
そう思うと丁寧に頭を下げてお礼を言う彼女に申し訳なくなった。