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所用があって市役所へ出かけてきた。
ひっそりとした感じしかなかった薄暗いロビーが、
何やら人でいっぱいになって熱気がムンムンしている。
どうやらマイナンバーカード関係の人込みらしかった。
私がロビーの椅子に座っていると、
高齢の男性がふらつくような足取りで寄ってきた。
ここに座って良いかと聞くのでどうぞと応えると、
手にしたスマフォを私に差し出し、
困った困ったとしきりに言うのだった。
つい最近始めたばかりでさっぱり分からないから、
市役所の窓口で教えてもらおうとやってきたらしい。
マイナンバーカードも入れてもらいたいらしい。
彼は小刻みに震える手で私にスマフォを見せ、
電話の取り方が全く分からないから教えてほしいと言った。
気の毒になった私は彼のスマフォを取って私の電話にかけ、
その着信履歴で彼の電話番号を得て電話してあげた。
老人は説明しても電話を受けることができなかった。
画面をタップすることもスワイプすることも理解できず、
画面を強い力で押してしまう。
そのため画面は彼の理解能力を超えてしまいおかしくなるのだった。
彼のホーム画面には近くのスーパーのアプリが何軒も入れてあった。
スマフォを契約した時、お店の人が便利だと言って入れてくれたらしい。
その意味さえ分からないらしい。
それで、彼はスマフォを触らないと思ったけれど、
もともとマイナンバーカードをそれで利用するために、
電話を替えるように勧められたから、
市役所の窓口で何とかしてくれるだろうと思ったようだ。
マイナンバーカードに関しては、
今月中にそれを取得すると2万円がポイントで付与されるらしい。
市役所に並ぶ人はそのポイント欲しさなのか、
カードがないと医者にもかかれないと思っているのかどうなのだろう。
こんな何にも分からない老人までスマフォを使わさせるのは、
世の中酷すぎる。
彼が気の毒でならなかった。
30分以上電話のかけ方や受け方、終わり方などして、
付き合って上げたけれど、
この人がスマフォを理解できるのは到底無理だと思った。
恐縮して頭を下げ続けるおじいさんに、
帰り際に年を尋ねたら80代半ばだった。
彼にとって電話は受話器で取るのがいちばん自然なのだ。
その後、どうしたのか気になってならない。