救急車が到着するまでリビングの床に横たわっていた。
その時間がどのぐらいだったか、よく分からない。
おそらく10分から15分だったか。
人間の時の感じ方がその時の気持ちで全く異なることは、
普段からよく知ってはいたけれど、
この時は一刻一刻がとても重く感じられた。
頭を動かすと壁が揺れる症状は続いていたが、
家の近くの信号で救急車のサイレンが鳴る頃には大分収まって来た。
それでも、今後の精密検査や入院、日常生活からの断絶などの不安で、
身体の震えは止まらない。
若い隊員が掃き出し窓から部屋へ上がり、駆け寄ってきた。
名前などを聞かれ今の状態を質問される。
彼らが来た時にはスローモーションのような異様な感じが収まっていた。
眼球の動き、手の動き、血中酸素、血圧などを測られ、
搬送の必要性について私の決断を委ねられた。
つまり、手にしびれ、ろれつなどの脳の損傷の恐れが少なかったのだ。
悩んだ挙句、様子を見るという結論に達した。
何かあったらまた呼んでもいいということで、彼らは帰って行った。
結局、生まれて初めての私の救急車出動依願は実現せずに終わった。
バイト中のパートナーに早めに帰ってくれるよう連絡し、
今日はずっと安静を保つことにする。
幸い明日の空模様も悪いので友人の訪問は延期になった。
二度と味わいたくない身体の異変だったけれど、
これだけで済んだと思うと救われた気分だ。
世の中にはたくさんの病を持つ人がいるというのに、
ふらついて歩けなくなったくらいで救急連絡は大袈裟だったかもしれない。
病院や投薬が苦手な私だが、
たまには公的費用も利用しても罰は当たらないと思う。