昔からごく普通に発酵食品をそれぞれの家庭で作っていた。
発酵食品には漬物などもあるけれど、
その最たるものが毎朝使うお味噌だろう。
お味噌以外にも醤油などの日常調味料、
主食であるパン、すべて発酵の力で出来上がる。
発酵という自然現象は奥が深くて面白い。
中でもお味噌は『手前味噌』という言葉ができたほどに、
誰もが自分の家で作ったものが一番おいしいと思われていた。
ところが、生活文化が変わり、
『手前味噌』を作る家庭が減ってしまい、
今はほとんどの人が工場生産の安いお味噌を買っている。
それは人の手をあまり使わず大型の機械で作られている。
出来上がると袋詰めにされて売り出すため、
味噌づくりのための面倒な準備が一切ない。
それなのに値段は300円ほどで売られている。
そんな時代でも手作り味噌を一度食べてしまうと、
もう大量生産のお味噌は食べたくなくなるから面白い。
正直な舌は『手前味噌』の美味しさを敏感に感じとってしまうのだ。
そんなわけで3月初めは味噌仕込みの季節。
去年作っておいた昔ながらの甕を地下室から出し、
表面の黒い部分を取り除いて捨て、使いやすいように小瓶に詰める。
空いた甕は良く洗って、新しく作った来年の分を詰める。
まずは一晩前からボールに大豆を浸しておいて、翌朝圧力鍋で蒸らす。
蒸らした大豆を餅つき機で荒く砕き、
冷ましてから麹屋さんで買った麹菌を混ぜ合わせる。
毎年、麦と米の麹を用意する。
いわゆる麦味噌と米味噌である。
1年分を作るのでその作業を何度か繰り返さなければならない。
おかげでキッチンは修羅場のようになってしまう。
少なくとも作業だけで半日はかかる。
昔の人は電気もガスもなかったから、
全て手作業だったと思うと頭が下がる。
それでも一年前の今日あたりに漬け込んだお味噌が、
かぐわしい香りと優しい味となって食卓を満たす。