部屋は暑くて不愉快だし、涼みを兼ねて隣町の大型店舗へ行った。
いつもなら階段を使って二段上りで飛ぶように行くのだけれど、
先週の疲れが残っているのか、今日はひどく疲れた。
歩き回るのが嫌で、店内に入るとすぐにベンチに座り込んでしまった。
そんなこともあろうとバッグの中には本が入っている。
コロナ以降当たり前のよく見る進入禁止のマーク。
今は三人掛けのベンチの真ん中が着席?禁止で、
ひとつ空けて座ることになっている。
本を開こうとしたら、ひとりの老いた女性がやって来た。
隣に座っていいかと言うので、もちろん首を縦に振って頷いた。
お互いマスクをしているし、口はなるべく開かない。
育ちの良さそうな薄手のカーディガンにアイボリーのズボンを履いている。
良家の奥様だろうか?と、私は思った。
数分すると、その人が堰を切ったように話し始めた。
横にいる私に話しかけている。
私はその一言一言に反応した。
いくらコロナ禍とはいえ、応じないのは礼に反するからだ。
マスク越しに話すから何度も何度も聞き返す。
どうやら1時間後のバスを待っているらしい。
バス停に立つ時、雷雨が降って欲しくないと困った顔をしていた。
彼女は免許証を返してから10年近く経つと言った。
今は日に5本ほどのバスで、時々こうして街に来ているのだそうだ。
免許証を返納した時は、自分の体の一部を失くしたようだったと言う。
しばらく立ち直れなかったとか。
地方都市では移動はほとんどマイカーである。
その人の人生も車が足だったのだ。
だから、運転を止めた時の虚しさや喪失感は容易に想像できる。
そして、おしゃれなバッグから取り出して見せてくれたのは、
免許証そっくりの『運転経歴証明書』というものだった。
何もかもが免許証と同じ記載だが、
運転の種類や期限の欄が空白になっている。
その人はこれを肌身離さず以前の免許証と同様に身に着けているらしい。
何しろ彼女はこの地域でも女性ドライバーの先駆だったらしいから、
免許証の意味は私などよりはるかに重い。
話は免許に始まって、彼女の結婚後の苦労話にまで発展した。
それは確かに同情を禁じえない辛い過去だった。
人は見た目だけでは分からない、
それぞれに悲喜こもごもの長い物語があるのだと思う。
私は他人の話を聞くのは下手だけど、つい聞きいってしまった。
彼女は私に話を聞いてもらい少しは癒されただろうか。