何気なくフジツボの殻を見たら、
とんでもなく絵画的なのに驚いた。
いつどこから我が家にやってきたのか知らないけれど、
掃除をするたびになぜか捨てるのを躊躇われたのだった。
そのフジツボ殻、色はクリームがかったモノクロで、
とてもきれいな幾何学模様をしている。
肉眼で見ても分かるけれど、虫眼鏡や拡大鏡で覗くと更に美しい。
まるでレンコンの輪切りのようだ。
上へ行くほど細くなり迷宮へ導かれる感じがする。
殻は石灰岩か何かでできているのか、とても硬い。
理科に疎い私だが、神秘めいたものが心を捉える。
美とはそんなものだ。
身体から石灰質のものを分泌させて固着生活に入るらしい。
脱皮をして空になったものが、今あるこのフジツボ殻だ。
岩に張り付いている面からレンコンの穴のような筋がいくつも作られ、
てっぺんは富士山の火口のようになっている。
まことに自然の造作は巧妙だ。
ミクロ世界の美しさに魅了された、
ジョージア・オキーフのような画家だったら、
これを何とかして大画面の絵にしたいと思うだろう。
花芯の鮮やかさと比べたら無彩色の世界だが、
強く心惹かれるものがある。
子供の頃に岩場で遊んで、
波に押されてはよくこのフジツボで足を擦り剝いていたっけ。
その頃は殻を観察するなど考えられなかった。
海水浴のただの邪魔者と思っていただけの私だった。
この違いだけでも長い年月を感じる。
きっとこの殻、捨てることはできないだろう。
今、私の掌でフジツボ殻は胡桃のようにくるくると回っている。