世界遺産のアイット・ベン・ハドウは要塞状の住宅集落で、
砦なのでその形態は小さな山になっている。
砦の入り口は今は橋ができて便利になっているが、
数年前までは砂利状の広い川を歩いて渡らなければならず、
増水した時は集落に行けなかったらしい。
複雑に入り組んだ家々は日干し煉瓦で作られていて、
長い年月を経ているためかなり風化している。
ここは映画のロケ地にも多用され、
この風景には何となく見覚えがある気もする。
道の途中で昔ながらの日干し煉瓦を作っている男がいて、
その手前には硬貨の入った皿が置いてあり、
観光客が落とす日銭で暮らしているようだ。
彼はしきりにカメラを撮るようポーズをとっているが、
作業そのものは容赦ない炎天下で、
盛り土された茶褐色の土をスコップで運び、
それに水を混ぜ、捏ね、
煉瓦型の木枠に入れていくという重労働だ。
いわゆる日本の昔で言う左官業ということになる。
見る見るうちに煉瓦が並べられていき、
私もその様子を写真に収めたので、
硬貨を1枚入れた。
ここにはまだ住んでいる家族があって、
その人の家も見物した。
洞穴のような狭い迷路の奥に、
くつろげるリビングなどの部屋があり驚いた。
奥の方で突然現れた若い女性がにこやかに手まねきをするので、
無視するのは悪いと思い、ついて行った。
この旅では女性には滅多に声をかけられないから興味を持った。
そこは流し台やガス台の揃った小さなキッチンで、
彼女は湯気の立つ大鍋でクスクスを料理していた。
時間はお昼前だからランチの支度なのだろうか。
写真を撮るように促すので、
その姿を2枚ほど撮らせてもらった。
すると、途端に「マネー、マネー」と手を差し出した。
日本の常識なら手招きして誘う時に、
「見るのならお金を取りますよ」と説明しないと、
すぐに評判が悪くなって、
その後、誰もその手には乗らないだろう。
私を含め3人ほどが誘いに乗ったが、
可愛らしい顔をした彼女は、
小銭のなかった客を追いかけてきた。
日本円にすれば25円程度の小銭、
大した金額ではないけれど、何となく後味が悪かった。
でも、ここは価値観の異なるイスラム世界だ。
郷に入れば郷に従わなければ。
ガイドは「写真を撮れ」と誘われた場合、
必ずお金を取られるので気を付けるように言っていたが、
今にして思えば中に入って正解だったと思う。
大したお金ではないじゃないか。
日干し煉瓦の迷路の奥の小さなキッチンを見る機会なんて、
なかなかないだろう。
もっとお金を置いてくれば良かったかな。